人前でパンツを脱いだら怒られる。でも、心のパンツは脱いだもん勝ち。古希を前にしてなお芸人としてパワー全開なこの人を見ると、そう思わされる。
「(この噺(はなし)は)ちょっと人生ワルいことしてないとでけへん。フフフ」
まん丸のえびす顔で不敵な笑みを浮かべる笑福亭鶴瓶(69)には凄(すご)みがある。役者として怖い人を演じているのではない。素だ。これは鶴瓶のドキュメンタリーなのだから。
笑うと糸のような目がさらに細くなり、本当に笑っているのか見えにくい。ただ、この垂れ目に誰もがたらし込まれてしまう。でも、笑う目の奥がぎらついている。この年になっても一発やらかしてくれそうな勝負師のオーラがある。
「死ぬまで世に出したらあかん」
公開中の映画「バケモン」(山根真吾監督)。テレビ番組を手がけてきた監督が鶴瓶の落語を聞いてほれ込み、密着取材を始めたのがきっかけだった。
17年続く取材
鶴瓶の条件は「俺が死ぬまで世に出したらあかん」。そして取材はいつのまにか17年に及んだ。しかし、コロナ禍のなかで状況は変わった。「鶴瓶という芸人を使って、今なんかできへんか」。鶴瓶のマネジメントを手がけてきた千佐隆智さんのアイデアで、映像は日の目を見ることになった。
コロナ禍の映画館に無償提供する目的で製作された太っ腹な作品は、のっけからお断りで始まる。「本作品には現在では不適切な表現がありますが(中略)鶴瓶を的確に表すためそのまま使っています」。17年の取材で撮りためた素材は約1600時間というだけあって、気合が入っている。
映画では、前置きどおり放送禁止用語や際どい武勇伝が飛び出す。この人は、客のためなら恥部をさらす噺をためらわない。歌舞伎座の舞台や授業中の教室でも笑いを取ってきた。笑ってはいけないところで起こる笑いは、充満した空気に押されて栓が開くような瞬発力がある。
自らを開きすぎの性分と語る国民的芸人を生んだ背景は何だったのか。カメラは鶴瓶の育った大阪の下町に向けられる。
家族、近所の人、高校時代の仲間――。エピソードはどれも規格外だ。
笑って腹つって救急車
父親は愉快な人柄。大阪・心斎橋で飲んでいて自分のシャレで笑って腹が引きつり、救急車で運ばれた。近所には、蛇を振り回しながら追いかけてくるおっちゃんがいた。高校には、亀田興毅のような生徒が100人ほどいた。人たらし芸人の素地は、やはりユニークすぎる。
もう一つ、芸人としての本質…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル